Chikanism

現実と非現実のあいだ

薬剤師国家試験の心得

最近検索での流入が多いので、国試のことを。

いつから勉強を始める?

まず、今(9月)から勉強を始めても間に合います。わたしは8月くらいから始めましたが、最初のうちは勉強の仕方がわからず全然進まないし、できないし、覚えられないし。やってもやっても身につかず、ほとんどしていないようなものでした。

本格的に始めたのは9月の中旬です。遅いなんてことはない、大丈夫!

わたしは最初の模試で3割しかとれませんでしたが合格しました。

 

国家試験の勉強の仕方

とにかく青本・問題集をやること!

問題を覚えるくらいまでやってください。できないところ、わからないところは知識を見直す。

いきなり問題をやってもわからないからと教科書のように読んだりまとめたりしても無駄です。とにかく解く、繰り返す。これで覚えられます。

 

勉強のペースは模試から逆算する

模試を基準に考えましょう。次の模試までにこれだけやる、というのを決めてスケジュールを立てて、そのとおりに勉強します。青本は重たいので1日1科目と決めて勉強するのがおすすめです。

もう少し詳しく書いてるからこっちも見てね↓

chikanism.hatenablog.com

  

国家試験までを乗り越えるために

どれだけ受かりそうでも、余裕があっても、それなりにつらいと思います。1回しかないし、6年もかけてきたし、就職がかかってる場合もあるし。

特に2月くらいになると他の学部の学生は春休みで卒業旅行とかに行き始めるので、余計に苦しくなったりします。だから適度に休憩してください。受からないって思わないこと。

受からないって思いながら勉強するのって無意味ですよね。だからもう勉強するなら受かると信じるしかないです。気持ちを保つためにも。

わたしはめっちゃ辛かったです。

 

chikanism.hatenablog.com

 

 

でもゴールがあるので耐えました。薬剤師として働くひとにはここはゴールでありスタートだもんね。

ホテルの予約はぜったい忘れないように!

ちゃんとやれば受かります!

 

 

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ゴールは来ない

社内にはまだ8割くらいのひとが残っている夜18時半過ぎ。お客様から電話がかかってきた。「ちかさんまだ会社にいますか?よかった~~!○○の件なんですけど…」

わたしが会社にいるとわかると、すごく安堵したような声を出す相手。まだ1回しか会ったことはないお客様だけど、最近急に案件をくれた。

「お世話になってます~!はい!あぁほんとありがとうございます、はーい、じゃあメールお待ちしてますね!よろしくお願いします~!」

普段より3トーンくらい高い声で話す。無意識だ。

 

商談の確認のために先輩にも電話した。このまま進めても大丈夫かどうかの確認だ。美味しい話だけど、うまくいかせる自信がなかった。先輩は「大丈夫!受注したらインセンティブ狙えるよ」と言ってくれて、社内の別の人にも施策について相談して、進めることにした。

受注できたのが嬉しくて、「案件もらいましたよ~」と言うと、営業部の先輩たちみんなが「おめでとう!」と言ってくれた。

 

わたしのチームはわたしを入れて4人しかいない。課長は時短勤務をしていて夕方には帰宅していて、他の先輩ふたりもほぼ毎日外出があって、夕方はわたし一人になることも多かった。

それでももちろん質問したら答えてくれたし、助けてもらった。そしてチームのひとがいないときは他のチームの人がいつも助けてくれた。

そうやって色んな人にサポートしてもらって、やっと自分でアポから掴んだ受注。これはゴールじゃないけど、やっぱり嬉しくて、帰るのは遅くなったけど歩く足取りは軽かった。

 

疲れたのでスーパーでお惣菜とモンブランを買って、家まで歩きながらなんとなく母に電話した。普段電話なんてしないので(たぶん3ヶ月ぶりくらい)、母は驚いたのかワンコールで電話に出た。「どうしたん?」

心配するような声が聞こえた。「別に、なにもないよ。急に電話したからなんかあったかと思った?」と聞くと「うん」と言う。本当になんとなくだったのだけど。

今度実家に帰るときの新幹線の話や妹の誕生日の話をして、家についたので電話を切った。21時。

 

話しながら、やっぱりお客様に話すときみたいな声は出せないな、と思った。あれはいわゆるオン状態だ。オフでは出せない。

そんなに意識してオンオフはつけていないし、職場でもそんなにかしこまった敬語を使っていない(むしろゴリゴリの関西弁で喋っている)タイプだけど、やっぱりどこかしら切り替えている部分があるんだなと初めて自分で気づいた。

 

パソコンの画面を見ながら電話越しにお客様に説明して、電話なのに手振り身振りをつけている自分に気づいて一人で恥ずかしくなったけど、まぁそれなりにやれてるし。

先週、先々週に行動した分がこうやって形になったのが嬉しかったし、まだまだこれから頑張ろうと思えた。ゴールなんて永遠に来ない。

笑顔でいられる人になりたい

表情は相手のためにある、ってどこかに書いてあった。自分の感情を自分のために伝えるんじゃなくて、相手のため。不機嫌そうにしてたら「なんか気に触ることしたかな?」って相手に思わせてしまうってことかな。

 

 

「なんか怒ってる?」

先輩が言った。営業で訪問に行った帰り道。わたしが担当になるお客さまだ。今後どうやって進めていくかとか、相手の会社の組織体制とか、先輩が今の客先で仕事をとるのにどうやったとか、そういうことを話していた。話していたというか、わたしは聞いていただけだ。

難しいなあと思ってたから、そういう表情をしてたのかもしれない。無意識に、いやむしろ意図的に、少なくとも機嫌が良くはなさそうな顔をしてた。

 

「いや、怒ってないです!」慌てて言うと、「めっちゃムスッとしてたじゃん。怖いよ」と先輩は笑った。「なんかさ、(肌が)黒くなったから余計に怖いよ。ギャルじゃん」と言うので、「ひどい!ギャルじゃないですよ!」と騒いだ。

「だって考えてみ?坂本さんとか、色白いじゃん、ギャルじゃないでしょ」と彼はもっともらしいこと言って、確かに坂本さんは色が白いしギャルではないけど、それとこれとは関係ない、いやあるかもしれないけど。

 

前にも言われたことがある。営業部に配属される前、運用部にいたころの上司に「ちかさん感情が見えにくいっていうか。最初の頃は怒ってんのかな?ってよく思った。今はもう違うってわかるけどね」と。

 

怒ってもないのに怒ってると思わせてしまうのは、わたしの配慮が足りないってことだ。たぶん話しかけやすくはないし、色んな場面で誤解も生みやすいだろう。

 

だから「表情は相手のためにある」というのがとても響いた。服とか化粧とかは他人からどう見えるか気にするくせに、表情のことまで考えられてなかった。

いつも笑顔、というわけにはなかなかいかないかもしれないけど、いつも機嫌が良さそうなひとのほうが圧倒的に話しかけやすいのは間違いないから、自分の表情にも気をつかえるようになりたい。忘れやすいので、「笑顔」と書いたメモを壁に貼り付けた。変な人だ。ウケる。

オレンジの街頭は寂しくなる

バンクーバーの街頭はオレンジ色だった。

 

冬は暗くなるのが早かったので、16時ころにインターンが終わって帰っても道は暗かった。でも時間が早いというのだけが救い。たまに夜遅く帰るときは心細かった。一人で異国の夜道を歩くのはなんとなく寂しかったのだ。

たとえばみんなで飲んだ帰り道。わたしはダウンタウンに住んでいたから歩いて帰れたので、バスに乗る友人をバス停まで送った。ルー大柴みたいに話しながら爆笑して、バスが来るまで待って、バスに乗り込んだ彼女に手を降ってから家まで歩く。

見慣れた町並みだけど、それでも夜はやっぱり寂しい。なにもないってわかってるけど、Wi-Fiがないとネットも繋げないので、誰かに連絡したりツイッターを見たりして誰かとの繋がりを確かめることもできなかった。

前に来たケーキ屋さんの前を通る。友人とふたりでチーズケーキを食べようと向かったのだけど、閉店間際だったので持ち帰り用の箱に詰められて、二人で慌てて食べた。そのケーキ屋さんも既に閉店していて、真っ暗だ。

 

オレンジの街頭は、高速道路を思い出す。高速道路の街頭はなぜかオレンジ色が多い(偏見かな)。小さいころ、家族でよく遠出をした。その帰り道、車で高速道路を通ると、一面がオレンジで、なんとなく寂しくなったのだ。家に帰りたくなかった。

楽しい時間が終わってしまうのが嫌だったし、家についたら現実に戻ってしまう。家の白い白熱灯が頭にちらつく。狭いリビングの味気な白熱灯は、そのときのわたしにとっての戻りたくない現実だった。

 

バンクーバーのオレンジの街頭に照らされた道を歩きながら、あの高速道路を思い出していた。それだけで寂しくなる。戻りたくない現実に戻らないといけない時間が迫っているようで。

実際は現実が嫌なわけでも、明日が来てほしくないわけでもないのに、心細くなった。早くマンションに帰って、温かいコーヒーを飲もう。好きな人に連絡しよう。毎日のように通るウォーターフロント駅の前を、足早に通り過ぎた。

 

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日本では街頭はオレンジじゃないというか、店の明かりが多くて街頭を意識する暇がない。近くに人がいて、ネットがあって、心細さが埋もれる。

 

でも家の近くのスーパーまでの道にオレンジの街頭があって、ふと思い出す。オレンジの街頭がいやだなという気持ちよりも、あのときバンクーバーで抱えていた心細さを。

25歳と26歳のあいだ

冷静と情熱のあいだ生物と無生物のあいだ、25歳と26歳のあいだ。なんとなくそれっぽく聞こえる気がしたので並べてみた。あいだってなんなんだろう。どこで明確に変わるんだろう。

年齢は幾分か「あいだ」がわかりやすい気がする。生まれて26年目に入れば26歳だ。

わたしはあと1ヶ月くらいで26歳になる。25歳になったときはまさか自分が26になると思ってなかったし、24になったときは25になるとは思ってなかった。なぜか。

でも誕生日がきたって、明確になにか変わるわけじゃない。今日と明日でそんなに大きく何も変わらないのと同じで、25歳の昨日と26歳の明日がそんなに変わるわけない。なのに26歳になってしまう。

 

もうアラサーじゃん、人が言う。歳をとるのは当たり前で、生きてれば時間が過ぎて、わたしは10年前は15歳の中学生だったし、5年前は女子大生だった(それで言えば半年前も女子大生だったけど)。

なのになぜか、歳はとらないほうが良いような気がしてしまう。若さが正義だと。

小さい頃は早く大人になりたいと思っていた。大人っぽいと言われるのが嬉しかったし、言われたかった。今はもう大人っぽいね、なんてコメントされるような歳じゃない。大人だから。

 

26歳、なりたくないなあ。思い描いてた26歳じゃないから。理想に近付こうと日々考えてるはずなのに、なかなか思い描いていたところにたどりつけない。

理想というのは、たとえば仕事ができることだし、他人に気が遣えて優しくできることだし、人づきあいが上手くなることだし、いつもきれいな服を着ていることだし、きれいなネイルをしていることだ。

仕事なんてまだまだできないし、気遣いもできないし、コミュ障は治らない。服も気づいたら手抜きしてしまうし、ネイルサロンに毎月通うお金はない。

 

25歳と26歳には「あいだ」がない。今日までは25歳で、明日からは26歳。明確な区切りがある。だけど便宜上26歳になっても、きっとわたしは26歳になりきれずにいると思う。こんなんで26歳なんてなあ、ってずっと思ってるだろう。

まだ1ヶ月あるし。少しでも理想に近づきたいなあ。

赤いマフラーとドーナツ

地元の最寄り駅に寂れたショッピングモールがあって、最寄り駅なので(とはいえ家からはバスがないとたどり着けない)中学生の頃からよく通っていた。何階のどこにどんな店があるかは隅々まで把握していた。

大学生になって原チャに乗るようになってほぼ使わなくなったのだけど、大学生活の後半は原チャを辞めたのでまたほぼよく使うようになった。そこにはミスドフレッシュネスバーガーサンマルクとイタリアントマトが入っていて、国試の勉強をしていたころは、たまにそこを使っていた。

 

基本的には大学の図書館で勉強していたのだけど、飽きたり、お腹が空いたり、休館日だったりした日にはそこへ行って、長居できるカフェをハシゴしていた。特によくミスドに行った。カフェオレが美味しくて、おかわりできるのだ。

1月くらいになると、医療系の資格試験が立て続けにあることもあって、隣でよく看護学生が勉強しているのを見た。わたしは地元に大学の友だちがいない上にみんな既に卒業していて毎日ひとりだったから、カフェはちょうどよかった。

なにが良かったかというと、一人のようで一人じゃないところだ。家で勉強していると、家族のような気を許している相手には素っ気ない対応をしてしまうし、かといって一人きりだと気が滅入るのだ。干渉しあわない他人がそこにいることは、ある意味安心感があった。たまに小さい子どもがいて、走り回っているのも癒やしだった。

 

ちょうど12月〜1月くらいだった。よくミスドに行った。ミスドでは洋楽がBGMとして流れていて、それが心地よかった。カフェで流れる音楽はちょうど良い。自分で音楽を流すと近くて集中できないけど、カフェくらいの遠さだと勉強の邪魔にならない。

 

当時よく流れていたのがサム・スミスのThe Good At Goodbyesだ。他にはチャーリー・プースのHow Longとか。だからあのときよく聴いた曲を聴くと思い出す。重たい教科書を抱えて図書館やカフェに通った日々。毎日ひとりで、もう辞めたいと思う日も山のようにあった。夜寝られないのが怖くて毎日睡眠薬を飲んでいた。毎日食べていた朝ごはんも、お皿を洗うめんどくささに勝てなくて食べられなくなった。

iPhoneにカウントダウンアプリを入れて、国試までの日数をカウントしてたけど、全然日数が減らないので絶望的な気持ちになった。その逆に受かるかどうか心配で、近づいてくるのも怖かった。でも早く終わってほしい、そんな気持ちに埋もれていた。

 

チャーリー・プースの曲を口ずさむ。今でもあのミスドで流れていた曲を聴くと思い出す。いろんな気持ちを抱えて甘ったるいドーナツを食べてたあの頃。冬だから寒くて、温かいカフェオレは美味しかったはずだけど、あのときは味なんてよくわからなかった。

もうあの寂れたミスドに行く日なんて来ないだろう。辛かった思い出もそこに置いてきた、ような気がする。

コーヒーの味なんて気にならなかった頃

コーヒーの無料券があるから、帰りにマクドに寄ろう。わたしはそう言って彼女を誘った。

彼女はすぐに行くと答えた。わたしたちはバスで駅まで向かって、駅の近くのマクドナルドに入った。

 

高校3年生の夏。帰りにカフェに寄るお金なんてなかった。マクドナルドで100円マックを買うのが精一杯。他にも高校生がたくさんいて、何人かでぐだぐだ過ごすにはぴったりだった。

わたしたちはなんでもない話を延々と続けた。本当にくだらないことばかりだったと思う。今となってはほとんど思い出せない。好きなバンドの話とか、高校の先生の話とか、今度家でパーティーしようという話とか、テストが終わったらどこかに遊びに行こうとか。

いつまでも話してられたし、どうでもいいことで笑っていられた。先のことなんて考えてなかったし、バイトはいつだって辞められた。お金もいつもなかった。

 

わたしが一番仲の良かった女の子は京都の小さなライブハウスでよくライブをしているインディーズバンドが好きだった。ギターボーカルの男性の名前はサトルといって、聞くところによると大学生らしかった。

彼女はサトルのことが好きだった。まだ好きと憧れの違いもわからないような高校生だったけれど。わたしたちはそういう話をしてた。サトルは教育大学の学生だったので、彼女はそれに憧れて教員免許のとれる学部を目指していた。わたしはよく数学を教えてあげていた。同じマクドナルドで。

 

わたしたちの居座る場所は、たまにミスドに変わる。ミスドはコーヒーとカフェオレがおかわりできるし(今はわからないけど当時はマクドナルドでもできた)、カフェオレが美味しかったのだ。

ミスドでもよく一緒に勉強していた。と言ってもわたしは教えてあげるばかりだったし、結局気づいたら喋っているし、全然勉強は進まないのだけれど。

 

毎日同じ学校に通って、毎日いっしょに帰って、そんな日がずっと続くとは思ってなかったけれど、終わる日がくるなんて思ってもなかった。その日は案外あっさりとやってきて、大学生になって、社会人になった。

 

もう毎日なんて会えない。今は住んでる場所も遠いし、1年に3回会うかどうかくらいだ。たまに連絡をとる。手紙を送る。「離れてる気しないよね」と言い合う。

あの頃と同じ温度感だ。テンションもほとんど同じなのに、歳だけ変わっていくし、話す内容にも仕事のことや生活のことが増えて、確実に大人になった。

 

もうマクドナルドのコーヒー1杯で粘ったりしない。カフェでコーヒーを頼めるし、居酒屋でお酒を飲める。これが大人になるってことだ。もう二度と戻らないんだなと悟る。あの頃と同じ気持ちのままなのに。