Chikanism

現実と非現実のあいだ

続いて欲しい時間

このまま時間が止まればいい、そうでなければ今この瞬間に死にたい。確かに私は、そう思っていた。
10年くらい前、お小遣いをためて通っていた大好きなバンドのライブ会場で。一番好きな曲のイントロが流れたあの瞬間。肌がゾワゾワした。時間が止まらないことも知ってた。そう思いながら、「でも最後までのこの曲を聴きたいよな」とも思っていた。

 

でも最近、幸せな時間は「止めてしまいたい」ものじゃなくて「続いて欲しい」ものなんだと思った。この瞬間で止めたいんじゃない、このままずっと続けばいい。

そして、その最中には、「今が幸せだから、この時間がずっと続けばいいな」なんて考える暇がない。その一瞬一瞬に必死だから。

後になって、気づくんだと思う。

 

 

じゃあ止めてしまいたかったあの瞬間は一体なんだったのか。

今でも鮮明に思い出せる。京都の狭いライブハウスで、照明が落ちて、緑や紫のスポットライトが揺れる。ギターのイントロが鳴る。ボーカルが吹くハーモニカが響く。

観客の声が上がる、私の心臓が跳ねる、疲れた身体のはずが一気に活力が漲る。

酷く待ち望んだあの瞬間。あれは逃避だったのだろうか。

一音も逃さず聴いていたい、その音を感じていたい、会場と一体になりたい。自然と身体は動くのに、どこか冷静に終わりの瞬間を考えていた。終わりが来ることがわかっていたからなのか、その終わりが数時間という近距離で迫っているからなのか。

 

 

わからないけど、なんとなく、生き急いでいたあの頃よりものんびりと平和な日常を愛せるようになったような気がする。

自分の価値観がどこから来ているか

いつの間にか4月も目の前。桜も咲き始めてる。

とあるきっかけがあり、自分の考え方や価値観、人生観がどこから来ているのかを考えてみた。改めて考えてみるとこれが理由か…と驚くことも多くて、私は割りと悲観的というか希望のない人生観なので、もしかしたら別のきっかけがあれば変わるかも、と思えるようになった。

 

ちなみについ最近、コロナで休校している影響で職場の同僚のお子さんがよく職場に来ているのだけど、その子達を見ていたら子どもと一緒に生活するのは悪くないかもしれないと思うようになった。私も子どもを持ちたいと思うようになるかも、と。

 

①早く死にたい

この早く、というのは分解してみると、「自分の意志で自分の身体がコントロールできなくなる前に死にたい」ということだ。
これは祖父の死が大きく影響している。おじいちゃんは死にそうになってから実際に亡くなるまで約5年あった。最初は腎盂腎炎で入院して、そのまま脳梗塞を起こし、結局一命はとりとめたもののおじいちゃんの意識は正常に戻ることはなかった。認知症のような状態になり、それまで好きだった囲碁もできなくなったし、もちろん私のことも覚えてはいなかった。
それに伴い一人でトイレやお風呂はできなくなり、すべて介護が必要になった。介護されるおじいちゃんと、施設には入っていたけど甲斐甲斐しく施設に通うおばあちゃんやお母さんを見ていると、とても辛かった。それに、おじいちゃんももし意識が正常なまま介護されていたらとても耐えられなかっただろうと想像した。
それまでなんでも一人でやってきた元気なおじいちゃんが、誰かにやってもらわないと何もできない。悔しいやら情けないやらという気持ちになるんじゃないだろうか、そう思うと、歳をとることがとてつもなく恐ろしくなった。
私自身がいつか誰かに介護されることも、そのときの気持ちを想像するといたたまれなくなって、それまでに死にたいと強く思うようになった。

なので技術の進歩や医療の発展でそれが回避できるなら、永く生きたいと思えるかもしれない。

 

②顔がかわいいから好き、という発言への違和感

例えば彼氏や彼女のどこが好きか、という質問で、第一声で「顔」と答えられたら私はちょっと違和感を覚える。それにもし私が「顔が好き」と言われたら、結構悲しいと思う。
これは、人を好きになることに顔の美醜が大きく影響することを認めると辛くなってしまうからだと思う。私は自分の顔が好きではないし、コンプレックスだ。それに老いていくし、どれだけ顔を好きになってもらっても、その好かれている状態を維持できる保証はない。
顔の美醜により好きだという気持ちが大きく左右されるなら、私なんて価値ないな、という気持ちになる。だからって中身がそんなに良いのかと問われればなんとも言えないけど…。

 

③子どもを持ちたくない

これは2つあって、1つ目は母の教育方針。母親は私の交際関係にうるさく、大学を卒業するまで彼氏とお泊りは一切許されなかった。(今は許されてるわけでもないけど、もはや親元を離れたらわからないからね)大学を辞めさせるとまで言われていた。
初めての彼氏は実家に住んでいる人だったけど、それを話すと母は「健全な付き合いができていいね」と言ったのだった。
その頃から私はセックス=悪いこと、後ろめたいこと、と思うようになり、万が一にでも避妊に失敗したら大学も辞めないといけないし、もはや勘当されるだろうと思っていた。そのまま妊娠することへの恐怖も加わって、今でも妊娠したくないなと思っている気がする。

もう1つは子どもがいると思うように働けない、キャリアに影響するからなのだけど、これはもう解消されかけている。今の会社は妊婦や子持ちに優しい環境だし、フルリモートなので出社する必要もないし、妊娠しても子育てしても仕事を続けられると思う。

 

 

考えたのはこの3点くらいだけど、これらを覆すような何かがあれば、私の考え方も変わるんだと思う。別に直接的にじゃなくても、これらの理由を超える何かがあれば。

同僚の子どもがかわいいというのは完全にそれですね。

最近のツイてない話

あれ、そういえば、独自ドメインしてないのにお名前ドットコムの契約はそのままにしていたような…。

 

最近ついてなさすぎて、今日はついに家で一人で泣いてました。

従姉妹が結婚した時に、結婚祝いのお返しに素焼きのマグカップをもらったので、それを毎日ココア入れたりして使っていたんですね。

今日たまたまお昼に肉を焼いて、そしたらキッチンがすげえ焼き肉くさくなってしまって、昼過ぎに慌てて掃除しようとしたら、キッチンに置いていたそのマグカップを床に落としてしまって。一見割れてないように見えたんですけど、触ってみたら割れてました。床も凹んでたし。

ショックすぎて、でも破片もそんなに細かくなくてきれいなのでもしかしたら直せるかもしれないと思って綺麗にセットしてそのまま窓際に置いています。

直してくれるところがあるそうなので、直してもらいたいなあ…。

 

昨日、仕事をしていたら左目に違和感を感じて、トイレに行ってみたら左のまぶたが腫れ上がってたんですね。「え、めっちゃ腫れてる」と言ってみたものの、同僚にはあまりわからないようでした。(あんまり私の顔になんて興味ないんでしょうね)

調べてみたらものもらいっぽかったので、即座に家の近所の眼科を予約。昨日は日曜日だったので、今朝受診してきました。

先生が優しくて、「それは麦芽種だね」と薬を処方してくれました。そのときに目の検査も色々したんですが、視力が両目とも1.5だったので「すごいね、親に感謝しなね」とまで言ってくれました。

でも薬局に行くと抗菌薬の目薬がなくて、他の薬局まで取りに行ってくれたんですが、期限が短めでした。今はもう腫れが引いてるんですけど、一応マツエクの交換は来週くらいまで待とうと思います。悲しい。

 

体調不良で言うと、10日くらい前から酷い胃痛に悩まされていて、自分で持っていた胃酸抑制薬(H2ブロッカー)を飲んだり太田胃散を飲んだりしていたんですが、ついに耐えかねて数日前に病院に行きました。

結局胃酸分泌過多ということで胃酸抑制薬(PPI)(作用機序が違う)と、痛いときの痛み止め(ロキソニンとかは胃痛にはダメですよ)をもらいました。飲み始めてからは胃痛はなく順調です。

でも体調不良が続きすぎて辛い。

 

そして先日前髪を切ったんですが、これを機にと思ってヘアアイロンを買い換えようと思ったんですね。ずっと中学生くらいの頃から同じのを使い続けてたので、新しいのを買いました。

古いのは最高で160度までしか出せないんですが、最近のは210度くらいまで出るんですね。前髪はストレートアイロンで巻かないといけないので、2wayアイロンを買ったはずが、届いたらカールアイロンで、買い間違えたことに気づき、ショックでならない。

 

あと昨日はなぜか部屋のドアで思い切り指を挟んで、今も左手の人差し指が痛いです。

 

踏んだり蹴ったりとはこのことか、と思っています。悲しい。本当に。

 

こういうときに限って他人と自分の人生を比べてしまい、つらくなります。なんで私は普通の人生を歩めないんだろう。

気持ちリセットしたいな〜〜〜〜〜。他人と比べて、「普通の毎日」を追い求めると空回りしちゃうような気がしてます。でも難しいんだよね。

 

疲れたときはとにかくたくさん寝たい。

あなたの綺麗な横顔を、もっと見ていたかった

数日前に親友の結婚式に参列しました。友人は美しくて、新郎と仲良しそうで、とても幸せそうだった。
私と彼女は中学からの同級生で、大学で仲良くなった。付き合いとしては15年近くなる。そこまで仲良くなかった中高生のころも、彼女のお付き合いしている相手はなんとなく知っていた。
美しくて聡明、楽器や音楽も嗜むまさに才色兼備みたいな彼女はよくモテたと思う。イヤミもなくて素直でかわいく、不器用な一面もあって、仲良くなってからは私のことも大切にしてくれた。

大学では彼女ともうひとりのかわいい女の子と私の3人でいつも一緒にいた。毎日呆れるほど授業があったけど、いつもお決まりの席を確保して、こっそり落書きしたり、おやつを食べたり、ちゃんと授業を聞いて過ごした。私たちのおしゃべりは、時に「いつもあなたたちが話してるの聞こえるよ」と他の子に笑われるくらいだった。
くだらない話ばかりしていた。いつもレポートを作るのがギリギリだった。誕生日会もしたし、クリスマス会もしたし、ユニバやディズニーにも行ったし、旅行もした。

そんななか、私が1人でカナダに留学することを決めた。当たり前のように、一緒に授業を受けて、一緒に国家試験の勉強をして、一緒に卒業する未来を思い描いていたはずなのに、私は2人と卒業する未来を捨てて時差が10時間近くある国に行った。もちろん国家試験も一緒に受けないし、一緒に勉強もできない。寂しい、と彼女たちは言ってくれた。卒業旅行に、カナダまで遊びにも来てくれた。

帰国後は1人で就活も国試勉強も受験もしたけど、彼女たちが関西に残るのに対して私はまた、当然のように東京へ出ることを選んだ。

 

東京へ来てもうすぐ2年、留学のために私が別の道を進んでから3年。毎日一緒に笑っていた日々はもう遠い過去なのだった。
彼女が結婚した相手は、何度か会わせてくれたけど、彼女が勤め先で出会った人だ。前の彼と別れたことも、彼と付き合い始めたことも、プロポーズのことも結婚のことも聞いてはいたけど、リアルタイムでは共有していない。例えばデートで何を食べたとか、どんなことでケンカしたとか。

彼の隣で笑う彼女の笑顔は、私の知らない笑顔に見えて、少し寂しくなった。

 

私が近くにいたからってそれを知り得たわけじゃないけれど、物理的な距離ともう戻れない過去が相まって、もうこんなところまで来てしまったんだなと喪失感さえ感じた。
当たり前だけど、すっかり大人になった。「○歳までに結婚したい」なんて冗談を言っていた頃とは、何もかもが違う。
一方私は「別に結婚したくないな」という気づきを得たりしているので、一生を共にしたいと思える素敵な彼と出会って結婚を決めた彼女は、私よりずっと人生の先を歩いているんじゃないかという感覚に陥る。

 

「いつも遠くへ行っちゃうけど、自分の決めた道を進めるあなたはかっこいいよ」と言ってくれた。ずっと友達でいたいと思える人に出会えて、私はなんて幸せなんだろう。

素敵な彼と、もっともっと幸せになってね。

 

今週のお題「応援」

それを運命っていうなら、

昔からずっと思っていたことなんだけど、違う関係性で出会いたかったなあと思う人がたくさんいる。そもそも出会う場所が違ったら、違う関係性を築けたんじゃないか、って。

 

たとえば私は中学生の頃、学校が嫌いだった。学校に居場所なんてないと思っていて、家に帰ったらずっとネットを彷徨っていた。趣味でつながったネットの友達には、(当時は)実際に会うことはなかったけど、もし彼女たちが学校の級友だったら…となんど考えたことか。

 

大学の頃に憧れた先輩は、同い年の、同じ学年の友達として出会いたかったと切に思った。そしたらもっと仲良くなれたんじゃないか。先輩と後輩としてではなく、対等な友人として。

大学生のころまでは、年齢が違うだけで先輩と後輩だった。もちろん浪人している人とか社会人学生とかもいたから、正確には入学年度がすべてを決めていた。
サークルや研究室ではそれがすべてで、学年が違うと「友達」にはなれない。(会社でもそうだけど…)


私は大学生が7年あったので、卒業して普通の企業に入ると、3年目くらいの先輩までは年下だった。私の歳だと、順調に卒業した人は社会人4年目の先輩だ。同時に入社した新卒の同期は、全員年下。でも先輩は先輩で、同期は同期。年齢に関わらず、会社での立ち位置で関係性が変わる。

 

そういう年齢や順序って結構厳格で、違う場所で出会っていたら友達だったかもしれないのに、私のほうが後で入社してしまうと「友達」になるのは難しい。
ツイッターで知り合った人とかは、年齢が違っても友達のように接することができたりする。仲良くなった人とも、もし会社で出会っていたら相手は先輩だから、こんなふうに親しく話せなかったんだなぁと思うことも多い。会社以外の場所で出会えてよかった、と。

 

 

結局、どんな関係性を築けるかというのは、出会い方に大きく左右される。いつ、どこで、どういう立ち位置で出会うかによって全然変わってしまうから。

それも含めて「運命」とかって言うのかもしれないけど、私は違う出会い方をしたかった人がたくさんいる。もし大学の同級生だったら。たまに会えるコミュニティの人じゃなくて、毎日会えるサークルの仲間だったら。ネットで知り合った人じゃなくて、会社の先輩か後輩だったら。

 

たくさんの人との関係性も日々移り変わっていく。あんなに親しかった人とも、今は毎日会うわけじゃない。ただの同僚だったはずの人たちと月に2回も遊ぶ。大学で出会っていたらたぶん友達になっていたはずの、会社の先輩。

 

髭男のPretenderで

もっと違う設定で もっと違う関係で
出会える世界線 選べたら良かった

って歌詞がある。

 

日々の目まぐるしい巡り合わせの中で、あなたと、違う出会い方をしたかった。もっと親しくなれるはずの世界線を選びたかった。今までだって、ずっとそう思ってきた。

27歳の気づき

27歳になって気づいたのだが、私は別に結婚したくない。というか、そこまで想像できない。

 

たまに友人で、何歳くらいで結婚して、子どもを何人産んで、マイホームを買って…という理想(妄想)を語る人がいて、私はふうんと聞いていたのだけど、いつも私には遠い未来どころか、想像さえもできなかった。

誰かと結婚することも、ましてやその先も想像できない。恋人とかパートナーがいてもいなくても子どもが欲しいと言う方は多いが、私はそれがない。子どもはほしくない。むしろ、自分の人生がこの先何十年も続くことにさえ懐疑的だ。

40歳の自分は想像できないし、それまでに死んでしまいたいという気持ちもある。

将来成し遂げたいこともない。幸せな家庭を築きたいとか、家がほしいとか老後はどうしたいとか、そういう理想がない。今が良ければそれでいいし、できるだけ早く死にたい。

27歳だからこの生活でも良いけど、37歳でこの生活だったら嫌だ。

 

だけどなんとなく、人間ってだいたいこういう人生を歩むものだみたいなことを、小さい頃から刷り込まれるから、私はこれまで自分は漠然と結婚したいのだと思っていた。

でも友人のインスタグラムに載せられた結婚式の写真を見て、別に結婚したくないなと思った自分に気づいた。だってそこまでの過程も、その先も、想像できないから。

むしろ、結婚したいとか子どもがほしいとさえ思わず、できるだけ早く死にたいと思っている人間が結婚したいなんておかしな話だよね。もしかしたらこの先結婚したいとか、できるだけ長く生きたいと思う出来事や心変わりがあるのかもしれないけれど。

 

そうなったらそうなったときの話で、結婚したいと思う相手がいるから結婚するのだろうし、そうすれば長く生きたいと思うかもしれない。

 

とにかく、別に結婚したくないし、社会の風潮に呑まれて漠然と結婚したいものだと思いこんでいただけだということに気づいたのでした。

でも27歳になると、「そろそろ結婚とか考えるでしょ?」みたいなことを言ってくる人がいるのも事実。今のところ、本当に考えてない。そういう人がいるから、「結婚したい、早くしなければ」と思ってしまっていたんだろうな。

アナと雪の女王2を観た

アナと雪の女王2を観てきました。ネタバレあるかもしれないです。

 

めっちゃ良かったです。最後で泣きました。

エルサはかっこよかった。本当にアレンデールを愛してるんだなあ。でも責任感が強くて、誰かに頼ったり甘えたりするのが下手だから、一人で背負い込んでしまうタイプだなっていうのをすごく感じた。長女っぽいというか。なんかとても愛おしくなった。

国や妹とか大切なものを守るために一人で犠牲になろうとして、周りに心配させてしまって。だけどそんなエルサを何よりも大事にしてくれるアナがいるからやっていけるんだろうなあ。アナがいてこそのエルサだと思う。

「みんなと違うと感じてた、なぜ私が生まれたのか知りたい」というエルサは、やっぱりずっと「周りと違う」ことの孤独を感じてたんだろうな。だから一人でも行ったんだろうし、最後に残るっていう選択をしたんだろう。

あとはいつも陽気で優しいオラフの存在も大きいと思う。大事なときに大事なことを思い出させてくれる感じ。

 

前作は私3回(映画館で2回、飛行機で1回)観たんですけど、これももう1回は観たいなあ…。やはりディズニーアニメということもあって、吹替版のほうが圧倒的に上映回数が多かったので吹き替えで観た。

次は字幕で見ようかな…。

そういえばオラフの声優だったピエール瀧が捕まったから違う人だったんですけど違和感なかった…鈍感なのか…。

 

最近は色々あって映画館に行く機会が増えました。いままでどうしても観たいってならないと映画館行ってなかったのですが、たまに映画館に行くのはいいですね。

 

他に最近観たやつ。

 

①マチネの終わりに

これは原作読んでどうしても観たいと思って観た。音楽が出てくるので、実際に音がある方がいろいろ良いかなあと思ってたけど、私が原作のほうがいいなと思った。

やっぱり2時間とかにしようと思うと、話を早くすすめる必要があるので実際もっと間が必要そうな場所が想像以上にパパっと過ぎ去ってしまったなあ、と。

でも同行者は原作読んでないらしかったけどすごい良かったって言ってました。

 

②生理ちゃん

これは仕事柄観たほうがいいかなと思って観たんですが、良かった。普通に泣いた。

りほちゃんが生理ちゃんと再会するシーンでうるっときました。私なんて、って思ってるところ、あるし。めっちゃハートフル(?)なヒューマンドラマだった。

生理前とか生理中の「あるある〜」もたくさんあったね。

 

そんくらいです。

もう12月、早すぎる。