Chikanism

現実と非現実のあいだ

最近のこと

ほぼ2年ぶりのブログだ。

 

この2年で、前回のブログを書いた時に付き合っていた人とは別れ、引っ越しをし、転職もして、新しい彼氏ができた。そしてコナンにハマっている。

元彼はひどい人で、なんで好きだったのか今となってはよくわからないけど、本当に好きだった。

旅行の当日に「明日は仕事をするから12時頃には帰る」と言ってくるような人だった。

そんな彼に会いたい一心で、彼の家の最寄りの路線沿いの家に引っ越しを決めたけど、引っ越す前に別れた。

 

仕事ではある程度の結果が出て、これ以上ここで得られるものはないだろうと思って辞めた。

転職先を伝えると、上司は「もし広告代理店に行くって言われたら全力で止めるつもりだったよ」と言って、ほぼ引き止めもしなかった。

新しい職場は以前と違い、メンバー同士の確執や圧力がなく、オープンでフラットで良い職場だ。

全く違う職種につき、やったことないことを任せてもらえる。やったことないことをやったけど、評価してもらえて昇給もした。

 

 

新しい彼氏は歴代1位というのも申し訳ないほど良い人で、こんなに良い人が世の中にいたのかと思うほど優しい。29年生きてきて初めて、彼氏という存在に誕生日プレゼントをもらった。逆に今までどんな男と付き合ってきたんだって呆れちゃうよね。

こんな人に出会わせてくれてありがとうと本気で思う。付き合った当初は恋人として好きになれるか不安で、あまり上手く話せなかったことも思い返せば懐かしい。

 

 

去年のGWに地元の友達とLINE通話したのがきっかけでコナンのアニメを見返すようになり、最近の楽しみはもはやコナンであるほどハマった。

毎週録画をし、ハロウィンの花嫁を観るために映画館に3回も足を運んだ。余裕のある平日はfuluで過去の映画を観る。その度に思い出すのは、小さい頃母と見に行った「14番目の標的」。

あの頃はまだ映画を何回も見れた。映画館に着くと、クライマックスのシーンだったのでこっそり覗き見したのを今でも覚えている。

 

 

なぜ久々にブログを書いているかというと、悩んでいることがあるから。

1ヶ月ほど前、大学時代の友人とLINE通話した。学生時代の友人はほとんど関西に住んでいるので、直接会うことはあまりない。

彼女は2年前、まだコロナが流行る直前に結婚式を挙げた。そのことはブログにも書いたが、相手は職場の人で、タバコを吸うしパチンコをするし髭を生やしていて、とても彼女の好みとは思えなかった。

でも彼女は、「それでも好きだと思えるから、本当に好きなのかも」と言った。それがやけに記憶に残っていた。

その彼女が、LINE通話で言ったのだ。「子どもがほしくて、持病で自然妊娠は望めないから、今度体外受精をするの。採卵は全身麻酔なんだって」と。

 

その時から私のカウントダウンが始まった気がした。慌てて不妊治療について調べた。30歳で始めれば、子どもを授かれる可能性は高い。

後になればなるほど、可能性は下がっていく。

 

私は子どもを持ちたいと思っていない。少なくとも今は。

もしかしたらパートナーは欲しいと言うかも。そしたら心変わりするかも。自分の気持ちだって変わるかも。

でも、もしそれが10年後だったら。どうしても欲しいと思っても、授かれない可能性が高くなる。そうしたら、今の私が「欲しくない」と先延ばしにしたことを後悔しないだろうか。

 

子を産み育てることは、もちろんまだ経験したことがない。周りの人が出産を経験し始めて、それで様子を知る。

大変そうで、つらそうで、出産なんて耐えられる気がしない。それでも幸せそうでもある。

 

子どもができたら、私は私の人生の主役じゃなくなってしまう気がした。大事にしたい存在があることはきっと幸せだけど、それって両立できるのかな。

まだ欲しいとは思えないのだ。将来欲しくなるかどうかもわからない。

私はずっとピルを飲んでいるし、自然に妊娠することはない。意志を持って、子どもを授かるためにピルをやめなければならない。その決断ができる日がくるだろうか?

 

正しい選択なんてないのだろうけど、時間は過ぎていく。しっかり考えて決めないと、後悔するかもしれない。そう思うと不安で、先の見えない毎日なのに、答えを急かされているようで焦る。

 

それが最近の悩み。

体験談を読んだり調べたりしている。

梅雨と小説と連休

梅雨が明けない。
私はBGMがあると集中できない。思考がそっちに持っていかれるからだと思う。でも他人の声やカフェの雑音やBGMは気にならない。

 

久々に小説を読んだ。島本理生の「わたしたちは銀のフォークと薬を手にして」というもの。小説は感情を揺さぶられる。
初めて読んだ島本理生さんの小説は「クローバー」だった。他人のために自分の人生を考えること、本当に誰かのことを大切にするのはどういうことなのか、を考えさせられた。

 

「わたしたちは銀のフォークと薬を手にして」は、恋愛小説だ。楽しいことばかりじゃない、それでも一緒にいたい。わたしたちは自由だけど自由じゃない。でも自分で選べるし、素直になれる。
わたしは知世が「(旅行や彼の趣味に)一緒に行きたい」とか「(彼の友人や離婚した妻に)会ってみたいな」と言ったり、「不安だ」と目の前で泣いてしまう素直さと真っ直ぐさが羨ましかった。考えすぎてしまうから。

 

二人でSLに乗りに行く旅行のところで、現実は小説のようにいかないけど、小説は現実じゃないから良いのだと思った。
「私はまだ一生を永遠のように錯覚している。だけど椎名さんに見えている景色は違うのだ」という箇所がある。そのとおりで、ほとんどの人は一生を永遠のように錯覚しているように思う。

今日と同じような明日が来て、明日と同じ明後日がくる。そう思ってないと平常心を保てないからかもしれない。

 

がんで若くして亡くなった知り合いのお嫁さんが、フェイスブックによく彼の写真を載せる。直近のものは結婚式の衣装合わせのもので、彼女は「○○くんは袴より(着てるの見たことないけど)、タキシードのほうが似合うと思う」とコメントしていて、あぁ彼女は本当に彼のことが好きなんだろうなぁ、と感じた。
予め予想できる死は、別れは、どのようなものなんだろうか。私にはまだ想像できない。

 

 

この小説の中では、多くの人が自分の意見と、周りの意見と、なんとなく押し付けられている「当たり前」をぶつからせながら、一緒に生きていこうとする。

自分と他人は違うから、いくら想像しても仕方ない。伝えたいことはきちんと伝えないと伝わらないし、言語以外の気持ちを読み取るのは難しい。

 

最近気づいたことがある。
私は今まで、「嫌われたらどうしよう」「こんなこと言ったらどう思われるかな」「嫌われるかもしれない」と思って、周囲の目線にビクビクしながら生きてきたように思う。
周りの人は気づかいができるね、とか、優しいね、とか、人当たりがいい、と言ってくれるけど、本当は嫌われるのが怖いだけ。

でもそれって、「この人は私がこういうことを言うだけで私のことを嫌いになる人かも」って信用してないってことなんじゃないかと気づいた。

 

違う人間だからこそ、わかりあうために、一緒にいるために、歩み寄ろうとしないといけないんだよね。

久々に小説を読んで心が潤った気がした。良い週末でした。

最近のツイてない話

あれ、そういえば、独自ドメインしてないのにお名前ドットコムの契約はそのままにしていたような…。

 

最近ついてなさすぎて、今日はついに家で一人で泣いてました。

従姉妹が結婚した時に、結婚祝いのお返しに素焼きのマグカップをもらったので、それを毎日ココア入れたりして使っていたんですね。

今日たまたまお昼に肉を焼いて、そしたらキッチンがすげえ焼き肉くさくなってしまって、昼過ぎに慌てて掃除しようとしたら、キッチンに置いていたそのマグカップを床に落としてしまって。一見割れてないように見えたんですけど、触ってみたら割れてました。床も凹んでたし。

ショックすぎて、でも破片もそんなに細かくなくてきれいなのでもしかしたら直せるかもしれないと思って綺麗にセットしてそのまま窓際に置いています。

直してくれるところがあるそうなので、直してもらいたいなあ…。

 

昨日、仕事をしていたら左目に違和感を感じて、トイレに行ってみたら左のまぶたが腫れ上がってたんですね。「え、めっちゃ腫れてる」と言ってみたものの、同僚にはあまりわからないようでした。(あんまり私の顔になんて興味ないんでしょうね)

調べてみたらものもらいっぽかったので、即座に家の近所の眼科を予約。昨日は日曜日だったので、今朝受診してきました。

先生が優しくて、「それは麦芽種だね」と薬を処方してくれました。そのときに目の検査も色々したんですが、視力が両目とも1.5だったので「すごいね、親に感謝しなね」とまで言ってくれました。

でも薬局に行くと抗菌薬の目薬がなくて、他の薬局まで取りに行ってくれたんですが、期限が短めでした。今はもう腫れが引いてるんですけど、一応マツエクの交換は来週くらいまで待とうと思います。悲しい。

 

体調不良で言うと、10日くらい前から酷い胃痛に悩まされていて、自分で持っていた胃酸抑制薬(H2ブロッカー)を飲んだり太田胃散を飲んだりしていたんですが、ついに耐えかねて数日前に病院に行きました。

結局胃酸分泌過多ということで胃酸抑制薬(PPI)(作用機序が違う)と、痛いときの痛み止め(ロキソニンとかは胃痛にはダメですよ)をもらいました。飲み始めてからは胃痛はなく順調です。

でも体調不良が続きすぎて辛い。

 

そして先日前髪を切ったんですが、これを機にと思ってヘアアイロンを買い換えようと思ったんですね。ずっと中学生くらいの頃から同じのを使い続けてたので、新しいのを買いました。

古いのは最高で160度までしか出せないんですが、最近のは210度くらいまで出るんですね。前髪はストレートアイロンで巻かないといけないので、2wayアイロンを買ったはずが、届いたらカールアイロンで、買い間違えたことに気づき、ショックでならない。

 

あと昨日はなぜか部屋のドアで思い切り指を挟んで、今も左手の人差し指が痛いです。

 

踏んだり蹴ったりとはこのことか、と思っています。悲しい。本当に。

 

こういうときに限って他人と自分の人生を比べてしまい、つらくなります。なんで私は普通の人生を歩めないんだろう。

気持ちリセットしたいな〜〜〜〜〜。他人と比べて、「普通の毎日」を追い求めると空回りしちゃうような気がしてます。でも難しいんだよね。

 

疲れたときはとにかくたくさん寝たい。

あなたの綺麗な横顔を、もっと見ていたかった

数日前に親友の結婚式に参列しました。友人は美しくて、新郎と仲良しそうで、とても幸せそうだった。
私と彼女は中学からの同級生で、大学で仲良くなった。付き合いとしては15年近くなる。そこまで仲良くなかった中高生のころも、彼女のお付き合いしている相手はなんとなく知っていた。
美しくて聡明、楽器や音楽も嗜むまさに才色兼備みたいな彼女はよくモテたと思う。イヤミもなくて素直でかわいく、不器用な一面もあって、仲良くなってからは私のことも大切にしてくれた。

大学では彼女ともうひとりのかわいい女の子と私の3人でいつも一緒にいた。毎日呆れるほど授業があったけど、いつもお決まりの席を確保して、こっそり落書きしたり、おやつを食べたり、ちゃんと授業を聞いて過ごした。私たちのおしゃべりは、時に「いつもあなたたちが話してるの聞こえるよ」と他の子に笑われるくらいだった。
くだらない話ばかりしていた。いつもレポートを作るのがギリギリだった。誕生日会もしたし、クリスマス会もしたし、ユニバやディズニーにも行ったし、旅行もした。

そんななか、私が1人でカナダに留学することを決めた。当たり前のように、一緒に授業を受けて、一緒に国家試験の勉強をして、一緒に卒業する未来を思い描いていたはずなのに、私は2人と卒業する未来を捨てて時差が10時間近くある国に行った。もちろん国家試験も一緒に受けないし、一緒に勉強もできない。寂しい、と彼女たちは言ってくれた。卒業旅行に、カナダまで遊びにも来てくれた。

帰国後は1人で就活も国試勉強も受験もしたけど、彼女たちが関西に残るのに対して私はまた、当然のように東京へ出ることを選んだ。

 

東京へ来てもうすぐ2年、留学のために私が別の道を進んでから3年。毎日一緒に笑っていた日々はもう遠い過去なのだった。
彼女が結婚した相手は、何度か会わせてくれたけど、彼女が勤め先で出会った人だ。前の彼と別れたことも、彼と付き合い始めたことも、プロポーズのことも結婚のことも聞いてはいたけど、リアルタイムでは共有していない。例えばデートで何を食べたとか、どんなことでケンカしたとか。

彼の隣で笑う彼女の笑顔は、私の知らない笑顔に見えて、少し寂しくなった。

 

私が近くにいたからってそれを知り得たわけじゃないけれど、物理的な距離ともう戻れない過去が相まって、もうこんなところまで来てしまったんだなと喪失感さえ感じた。
当たり前だけど、すっかり大人になった。「○歳までに結婚したい」なんて冗談を言っていた頃とは、何もかもが違う。
一方私は「別に結婚したくないな」という気づきを得たりしているので、一生を共にしたいと思える素敵な彼と出会って結婚を決めた彼女は、私よりずっと人生の先を歩いているんじゃないかという感覚に陥る。

 

「いつも遠くへ行っちゃうけど、自分の決めた道を進めるあなたはかっこいいよ」と言ってくれた。ずっと友達でいたいと思える人に出会えて、私はなんて幸せなんだろう。

素敵な彼と、もっともっと幸せになってね。

 

今週のお題「応援」

アナと雪の女王2を観た

アナと雪の女王2を観てきました。ネタバレあるかもしれないです。

 

めっちゃ良かったです。最後で泣きました。

エルサはかっこよかった。本当にアレンデールを愛してるんだなあ。でも責任感が強くて、誰かに頼ったり甘えたりするのが下手だから、一人で背負い込んでしまうタイプだなっていうのをすごく感じた。長女っぽいというか。なんかとても愛おしくなった。

国や妹とか大切なものを守るために一人で犠牲になろうとして、周りに心配させてしまって。だけどそんなエルサを何よりも大事にしてくれるアナがいるからやっていけるんだろうなあ。アナがいてこそのエルサだと思う。

「みんなと違うと感じてた、なぜ私が生まれたのか知りたい」というエルサは、やっぱりずっと「周りと違う」ことの孤独を感じてたんだろうな。だから一人でも行ったんだろうし、最後に残るっていう選択をしたんだろう。

あとはいつも陽気で優しいオラフの存在も大きいと思う。大事なときに大事なことを思い出させてくれる感じ。

 

前作は私3回(映画館で2回、飛行機で1回)観たんですけど、これももう1回は観たいなあ…。やはりディズニーアニメということもあって、吹替版のほうが圧倒的に上映回数が多かったので吹き替えで観た。

次は字幕で見ようかな…。

そういえばオラフの声優だったピエール瀧が捕まったから違う人だったんですけど違和感なかった…鈍感なのか…。

 

最近は色々あって映画館に行く機会が増えました。いままでどうしても観たいってならないと映画館行ってなかったのですが、たまに映画館に行くのはいいですね。

 

他に最近観たやつ。

 

①マチネの終わりに

これは原作読んでどうしても観たいと思って観た。音楽が出てくるので、実際に音がある方がいろいろ良いかなあと思ってたけど、私が原作のほうがいいなと思った。

やっぱり2時間とかにしようと思うと、話を早くすすめる必要があるので実際もっと間が必要そうな場所が想像以上にパパっと過ぎ去ってしまったなあ、と。

でも同行者は原作読んでないらしかったけどすごい良かったって言ってました。

 

②生理ちゃん

これは仕事柄観たほうがいいかなと思って観たんですが、良かった。普通に泣いた。

りほちゃんが生理ちゃんと再会するシーンでうるっときました。私なんて、って思ってるところ、あるし。めっちゃハートフル(?)なヒューマンドラマだった。

生理前とか生理中の「あるある〜」もたくさんあったね。

 

そんくらいです。

もう12月、早すぎる。

おじいちゃんが死んだ

数日前に仕事をしていたら母からLINEがきて、内容は「おじいちゃんの心臓がとまった、今は心臓マッサージとかをしてもらっている」という衝撃的な内容だった。

 

おじいちゃんはもう4年ほど前に腎盂腎炎で入院中に脳梗塞を起こして意識不明の重体。もういつ死んでもおかしくないとまで言われてから復活し、そこから3年半くらい、施設で暮らしていた。

奇跡的に体調は回復して、食べれるし喋れるし元気だったけど、認知機能は落ちて、私のことも覚えていないし、一人でできることはほとんどなかった。それでも会いに行けば少し喋って、笑っていた。

 

「今すぐ帰ろうか」と聞いたけど、母は「延命しないからもう間に合わないし、すぐじゃなくてもいいよ」言ったので、とりあえずその日の最終の新幹線で帰ることにした。

母からおじいちゃんの心臓が完全に止まった(亡くなった)と連絡がきて、母は涙声だったけど、私は冷静で、すぐに喪服を買いに行った。家から2分のところにHARUYAMAがあった。長く着られるやつがいいですよね、と34,000円払った。

 

おじいちゃんはなんでもできたけど、料理と字を書くことだけは下手だった。私はたまに代筆をしてあげた。

私が小さい頃はよく一緒にゴルフ場に散歩に行った。旅行にもよく連れて行ってもらった。釣りの道具を手作りしていて、その工具を使って一緒に凧をつくって、お正月に凧揚げをした。

おじいちゃんは外科医だったけど、開業していわゆる町のお医者さんをしていた。昔から病気になったら全部おじいちゃんが見てくれていた。予防注射もしてもらったし、足の裏にタコができたときも治療してもらった。太ももにイボができたときは簡単な手術をしてもらった。とっくに手術を引退していたおじいちゃんの、最後の手術は私のイボ除去だ。

代わりにパソコン関連のことは全部私がやってあげた。Wi-Fiの設定も、プリンターの設定もしたし、おじいちゃんが好きな囲碁のゲームの設定もした。年賀状の印刷とか、デジカメで撮った写真の整理とか。私がiPhone6に機種変更するときは、それまで使っていた5をおじいちゃんにあげた。それからはiPhoneの使い方も教えてあげて、たまにメールやLINEをくれた。何度教えてもわからなくなるけど。

 

私が学費の高い学校に通いたいと言ったのも、薬学部に進学するのも、全部応援してくれた。

 

 

深夜の京都、嵯峨野線で、おじいちゃんが安置されている斎場に行った。お父さんとお母さんと、叔母さんとその旦那さんがいた。

お母さんに促されておじいちゃんの顔を見た。寝ているような感じだった。死ぬ2時間前までお母さんとおばあちゃんとしゃべっていたそうだ。お見舞いに行ったお母さんとおばあちゃんが帰ろうとしたら、急に具合が悪くなって、そのまま亡くなったらしい。

お母さんとおばあちゃんが看取れたこと、あまり苦しまずに済んだことが救いだ。

 

その日は夜中の1時過ぎに斎場を出た。

翌朝は葬儀屋さんから、近所の葬儀場に遺体を移動させたと連絡をもらってから葬儀場に移動した。

みんなでお線香を絶やさないように焚いた。夕方になると従兄弟やおじいちゃんの兄弟やおばあちゃんの兄弟が来て、お通夜をした。

物心ついてから親族のお通夜は初めてだったので、本当に一晩そばにいるなんて知らなかった。久々に集まった親族とお寿司を食べて、思い出話なんかをした。

お通夜の最中、お寺さんがお経をあげてくれているのを聞きながら、おじいちゃんと過ごした日々を思い出したらめっちゃ泣けた。

結局葬儀場に泊まるのは叔母さんと従兄弟に任せて、夜中の3時ころに家に帰って家族で少し仮眠して、翌朝はまた葬儀場に行った。

 

お通夜のときより少し多い人数が告別式に集まってくれた。各々が送ってくれたお花が運びこまれて、お葬式の準備が整っていく。

親戚になるというか、家族になるってすごいことだなぁと考えていた。結婚するときって、したことないからわかんないけど、割と気軽にできる気がする。籍入れるだけ、なんてみんな言うし。でも、籍を入れて家族になることって、死んだときの諸々の手配とか、いろんな責任を担うことなんだなってお父さんを見ながら思った。

告別式でお経をあげてもらっている間、まためっちゃ泣いた。おじいちゃんのことを色々考えた。小さい頃からずっとかわいがってもらっていたこととか。私にとってはおじいちゃんだけど、お母さんにとってはお父さんだ。おじいちゃんの人生は楽しかったかなあ。

そして片隅で、お父さんが死んだらどうしようってずっと考えていた。悲しいどころじゃない。絶対死なないでほしいなんて、ムリなことを思った。

 

お葬式・告別式にほとんど行ったことがないから他の葬儀場はどうかわからないけど、告別式の最後に、おじいちゃんとみんなの思い出の写真(私たちが探して葬儀屋さんに預けた)のムービーを流してくれた。

それを見たら余計に泣けた。親戚一同で集まっている写真や、おじいちゃんおばあちゃんが結婚したばかりの時の写真とか、おじいちゃんが診療所で白衣を着てる写真とか、小さい頃の私と妹とおじいちゃんの写真とか。

 

それで最後に、みんなで棺の中にお花を入れた。みんなボロボロ泣いてた。おじいちゃんはお花が好きでよく育ててたから、喜んでると思う。おじさんが買ってきてくれたおまんじゅうも入れた。甘いものが大好きだったから、これも喜んでるはず。

ハンカチで拭いきれないほど涙が出たけど、おじいちゃんの91年を思うと足りないと思った。置いていかないでよ、と思ったけど、91年も行きたらこの世にも疲れちゃったかもしれないな。

 

寂しいし、それだけじゃないけど、でも、天国があるなら天国で足りなかったぶんの人生を満喫してほしい。たぶん冬は暖かい部屋で囲碁をして、あったかくなったらゴルフに出かけて、夏になったら鮎釣りに行って真っ黒になっているはず。

お医者さんには飽きちゃったかな。天国では病気の人はいないと思うから、仕事は永久にお休みかな。

 

 

実家にキウイの木があって、それは私が生まれた年におじいちゃんが植えたものだ。今年もお母さんたちが収穫して送ってくれて、ちょうどおじいちゃんが死んだ日に東京の家に届いた。

食べごろはまだだ。早く熟れないかなあ。

夜と朝の境目

深夜3時。

いつもなら寝ている時間だけど今日は起きていた。隣には終電を逃してのこのこと我が家にやってきた男。

 

「タバコ吸ってもいい?」

「絶対ダメ」

 

彼は渋々うなずき、冷蔵庫を見に行った。私の家なのに、じぶんちと勘違いしてるんじゃないだろうか。

 

「お酒ないのかぁ」と呟いて、また狭いワンルームに戻ってきた。さっきまで散々飲んでたくせに、まだ飲みたいのか、少し腹立たしい気持ちを抑えて彼の方を見た。呑気にあくびをしている。

 

シュークリーム買いに行こう、私が言って立ち上がると、彼はえー寒いのに、と文句を言いながらついてきた。

夜中の3時だと言うのに、平日なのに、大通りは人がそこそこいる。さすがに深夜なのでタクシーがたくさん泊まっている。通りすがったラーメン屋さんにも、まだ何人も人が座っていた。

 

「こんな時間なのに人多いね」と私が呟くと、「東京だからな」と彼は理由になってないような理由を口にした。

まだ22時くらいなんじゃないかと思えるような空気感を出している道を歩いて入ったセブンイレブンで、私はエクレアをカゴに入れた。彼はさすがにお酒は買わず、同じエクレアをカゴに入れた。シュークリームが欲しかったんじゃないの?とニヤニヤ笑いながら。

私財布持ってないよ、と当然のように言うと、彼は何も言わずに自分の財布を出した。これはいつものことだ。罪悪感はもう消えてしまった。

4円のお釣りをもらって、蛍光灯が明るいコンビニを出た。エクレアの入ったコンビニの袋は彼がぶら下げていて、私はちゃっかり彼の手を握った。彼も何も言わずに私の手をとったまま歩き始める。

 

 

「ねえ、夜と朝の境目ってどこだと思う?」なんとなく私が尋ねると、彼は考えるそぶりもせずに「4時くらいじゃないの?」と言った。

別に答えがあったわけじゃないので、ふうん、と言って、そのまま歩いた。

近くに公園があったので、ベンチに座ってエクレアを食べた。

もうすぐ4時になろうとしている。

 

まだあたりは暗い。いつから朝なんだろう、確かに4時は朝だろうなあ。

 

「見に行く?」

唐突に彼が言うから、一瞬何のことだかわからなかったけど、すぐに夜と朝の境界のことかと気づいた。

「どこ行くの?」

「わかんないけど」

彼は立ち上がって、私の手を引っ張って、歩いた。

 

ここは東京の街中だ。朝日が見える山とか、丘とかはない。小さな川沿いを歩いた。ゴールもなく、歩いてるうちに、気づけば空が白み始める。

 

「朝だ」

私が言うと、そろそろ始発があるかもなあ、と彼が言った。もうそんな時間?と聞き返したけど、何も言わない。私たちは駅のすぐそばまで来ていた。

 

 

ありがとね、とだけ言うと、彼はくるりと背を向けて駅に向かって歩き出す。帰らないで、なんて言えるわけなかった。

 

彼が角を曲がるのを待って、私も家に向かって歩き始めた。こんなところに置き去りにするなんて。

 

携帯が鳴って、気をつけてね、と連絡が来ていた。

朝焼けが眩しい。明日は雨が降りそうだ。

(作り話です)