Chikanism

現実と非現実のあいだ

コーヒーの味なんて気にならなかった頃

コーヒーの無料券があるから、帰りにマクドに寄ろう。わたしはそう言って彼女を誘った。

彼女はすぐに行くと答えた。わたしたちはバスで駅まで向かって、駅の近くのマクドナルドに入った。

 

高校3年生の夏。帰りにカフェに寄るお金なんてなかった。マクドナルドで100円マックを買うのが精一杯。他にも高校生がたくさんいて、何人かでぐだぐだ過ごすにはぴったりだった。

わたしたちはなんでもない話を延々と続けた。本当にくだらないことばかりだったと思う。今となってはほとんど思い出せない。好きなバンドの話とか、高校の先生の話とか、今度家でパーティーしようという話とか、テストが終わったらどこかに遊びに行こうとか。

いつまでも話してられたし、どうでもいいことで笑っていられた。先のことなんて考えてなかったし、バイトはいつだって辞められた。お金もいつもなかった。

 

わたしが一番仲の良かった女の子は京都の小さなライブハウスでよくライブをしているインディーズバンドが好きだった。ギターボーカルの男性の名前はサトルといって、聞くところによると大学生らしかった。

彼女はサトルのことが好きだった。まだ好きと憧れの違いもわからないような高校生だったけれど。わたしたちはそういう話をしてた。サトルは教育大学の学生だったので、彼女はそれに憧れて教員免許のとれる学部を目指していた。わたしはよく数学を教えてあげていた。同じマクドナルドで。

 

わたしたちの居座る場所は、たまにミスドに変わる。ミスドはコーヒーとカフェオレがおかわりできるし(今はわからないけど当時はマクドナルドでもできた)、カフェオレが美味しかったのだ。

ミスドでもよく一緒に勉強していた。と言ってもわたしは教えてあげるばかりだったし、結局気づいたら喋っているし、全然勉強は進まないのだけれど。

 

毎日同じ学校に通って、毎日いっしょに帰って、そんな日がずっと続くとは思ってなかったけれど、終わる日がくるなんて思ってもなかった。その日は案外あっさりとやってきて、大学生になって、社会人になった。

 

もう毎日なんて会えない。今は住んでる場所も遠いし、1年に3回会うかどうかくらいだ。たまに連絡をとる。手紙を送る。「離れてる気しないよね」と言い合う。

あの頃と同じ温度感だ。テンションもほとんど同じなのに、歳だけ変わっていくし、話す内容にも仕事のことや生活のことが増えて、確実に大人になった。

 

もうマクドナルドのコーヒー1杯で粘ったりしない。カフェでコーヒーを頼めるし、居酒屋でお酒を飲める。これが大人になるってことだ。もう二度と戻らないんだなと悟る。あの頃と同じ気持ちのままなのに。