Chikanism

現実と非現実のあいだ

コーヒーとミルク、それに必要なスプーンについて

拡散という言葉が好きだ。バズるという意味の方じゃなくて、コーヒーに入れたミルクが、何もしなくても均一になるあの現象。

何もしなくても、というところがすごくて、エネルギーなしに起こる現象というのはおもしろい。水に滴下したインクは、勝手に拡がって均一になる。均一に。

 

何も力を加えなくてもそうなるんだから、世の中はきっと勝手に均等になるようにできてるんだ。

 

わたしの中の記憶も、いつか均等になる。今は濃いあなたの記憶も、いつしか薄く薄く拡がって、少し取り出したときには混ざっているのもわからないくらい薄くなっちゃうの。

もう増えないある事柄についての記憶に対して、溶媒はずっと増えていくでしょ。割合で言えば、無かったも同然くらいに薄くなっちゃうの。計算するときは、ないに等しいからゼロにして考える。

 

だけどまだ、拡散しきってない。新しい記憶だから、コーヒーに淹れたてのミルクみたいに、ゆっくり渦を巻いていて、わたしはそれを見つめている。

まだ、時間が必要だ。わたしはかき混ぜるためのスプーンも、甘くするための砂糖も持っていない。