Chikanism

現実と非現実のあいだ

置き去りにしたものたち

まだ暑さの残る9月5日、ちょうど2年前にわたしはバンクーバーへ向かう飛行機に乗っていた。一人で飛行機にのるのは初めてだった。

 

一人で降り立ったバンクーバーの空港で、iPhoneを取り出して空港のWi-Fiに繋いだ。機内モードを切っても電波は入らない。スマホの契約は一時的に止めてきた。いろんなものを日本に置いてきたんだな、と思った。

バンクーバーはすでに少し肌寒くて、いろいろ持ってきたはずなのに足りないものがいっぱいあって、寂しくなったりもした。日本にいたときと同じように眠れない日もたくさんあった。時差があることの素晴らしい点は、わたしが眠れない夜中や早朝も日本は日中だったり夕方だったりするので、ツイッターを見たら友人が活動していたり家族が相手をしてくれることだ。

 

ホームステイは日本人がわたしの他にひとりと韓国人がふたり。みんなで拙い英語で喋っていた。よくわからないけど何を話してもなぜかおもしろくて、よく笑っていた。英語がすごく喋れるわけじゃないから、みんなでSNOWで変顔写真をよく撮っていた。それだけで楽しかったし笑っていられた。

たまに韓国料理を食べに行って、少食のはずの韓国人の女の子が「韓国料理ならいっぱい食べれるのよ」と言ってサムギョプサルをよく食べていた。

「カフェで勉強しよう」と言ってスタバに行ってそれぞれ課題をしたり、夕飯を食べながら過去の恋人の話をしたり。外でハチに追いかけ回されれば、彼女は「わたしたちはお花だからね、仕方ないわ」と言ってみんなを笑わせた。

 

学校の友達とは学校外では日本語で喋っていたけど、普段英語で話しているのでたまに日本語が出てこない単語があって、ルー大柴みたいになった。それもまたおかしくて、みんなで笑い転げた。そしてみんな揃って言うのだ、「日本語を喋ってるときのほうがちからしい」と。そりゃそうだ。母国語だし、関西弁だし。英語を話す学校でのわたしはどちらかといえばおどおどして、小さくなっている。

 

冬のバンクーバーは毎日雨や雪が降り、天気が悪くてすることがなかった。

たまに天気が良いと一人で散歩に行ったり、買い物に行ったり。買い物と言っても働いてるわけでもなくてお金が自由にあるわけでもないので、そんなに買うものもなかった。

 

振り返れば別に大きな出来事はなくて、学校に通って、インターン先でちょこちょこと簡単な仕事をして、帰ったら料理をして、たまに遊んで、夜は日本にいるときと変わらずパソコンやケータイをいじっていた。

それでもなんでもない日々や風景がぜんぶ懐かしい。駅からの帰り道によく散歩した道とか、勉強するのに使ってた図書館とか、インターンの面接に落ちて泣いていたカフェとか。

 

自ら望んで行ったのに、あっちにいた頃は毎日帰国日までをカウントダウンしていた。日本にいろいろ置いてきたと思ってたけど、バンクーバーにもいろいろ置いてきたと思う。ひとりで海外に住んだときの心細さとか、優しい人に会ったときの嬉しさとか、道端で声をかけてきたおじさんたちのやりとりとか、現地で会った日本人との恋みたいなものとか。

 

半年なんてあっという間だったな。でも長かった。異国の地で過ごすには。