Chikanism

現実と非現実のあいだ

それを運命っていうなら、

昔からずっと思っていたことなんだけど、違う関係性で出会いたかったなあと思う人がたくさんいる。そもそも出会う場所が違ったら、違う関係性を築けたんじゃないか、って。

 

たとえば私は中学生の頃、学校が嫌いだった。学校に居場所なんてないと思っていて、家に帰ったらずっとネットを彷徨っていた。趣味でつながったネットの友達には、(当時は)実際に会うことはなかったけど、もし彼女たちが学校の級友だったら…となんど考えたことか。

 

大学の頃に憧れた先輩は、同い年の、同じ学年の友達として出会いたかったと切に思った。そしたらもっと仲良くなれたんじゃないか。先輩と後輩としてではなく、対等な友人として。

大学生のころまでは、年齢が違うだけで先輩と後輩だった。もちろん浪人している人とか社会人学生とかもいたから、正確には入学年度がすべてを決めていた。
サークルや研究室ではそれがすべてで、学年が違うと「友達」にはなれない。(会社でもそうだけど…)


私は大学生が7年あったので、卒業して普通の企業に入ると、3年目くらいの先輩までは年下だった。私の歳だと、順調に卒業した人は社会人4年目の先輩だ。同時に入社した新卒の同期は、全員年下。でも先輩は先輩で、同期は同期。年齢に関わらず、会社での立ち位置で関係性が変わる。

 

そういう年齢や順序って結構厳格で、違う場所で出会っていたら友達だったかもしれないのに、私のほうが後で入社してしまうと「友達」になるのは難しい。
ツイッターで知り合った人とかは、年齢が違っても友達のように接することができたりする。仲良くなった人とも、もし会社で出会っていたら相手は先輩だから、こんなふうに親しく話せなかったんだなぁと思うことも多い。会社以外の場所で出会えてよかった、と。

 

 

結局、どんな関係性を築けるかというのは、出会い方に大きく左右される。いつ、どこで、どういう立ち位置で出会うかによって全然変わってしまうから。

それも含めて「運命」とかって言うのかもしれないけど、私は違う出会い方をしたかった人がたくさんいる。もし大学の同級生だったら。たまに会えるコミュニティの人じゃなくて、毎日会えるサークルの仲間だったら。ネットで知り合った人じゃなくて、会社の先輩か後輩だったら。

 

たくさんの人との関係性も日々移り変わっていく。あんなに親しかった人とも、今は毎日会うわけじゃない。ただの同僚だったはずの人たちと月に2回も遊ぶ。大学で出会っていたらたぶん友達になっていたはずの、会社の先輩。

 

髭男のPretenderで

もっと違う設定で もっと違う関係で
出会える世界線 選べたら良かった

って歌詞がある。

 

日々の目まぐるしい巡り合わせの中で、あなたと、違う出会い方をしたかった。もっと親しくなれるはずの世界線を選びたかった。今までだって、ずっとそう思ってきた。