Chikanism

現実と非現実のあいだ

髪が伸びた

髪を乾かそうと洗面台に立った。私の髪はずいぶん伸びた。

長年ショートヘアを貫いてきた私が髪を伸ばし始めたのは、少し前に好きだった人が、私が髪をさらに短くしたときに「長い方が良かったんじゃない」と言ったからだ。

それだけ。つまらない理由だ。

 

何年も前から仲の良い男友達は、いつも「髪短い方が似合ってるよ」と事あるごとに言ってくれ、「長い髪はそんなに似合ってなかったのか??」とそのたびに思っていた。

でも褒めてくれるのでありがたく、ずいぶん前からそのままショートヘアにしていたのだった。

 

夏。人生で一番短いんじゃないかくらいに短くしたときに、彼が長い方がいいと言った。そこから伸ばし始めたが、とにかく短かったので、長くなるまでとてつもなく時間がかかる。

1年経ったって、まだロングにはならない。

 

その彼とは手を繋ぐこともなく、結局数回キスをしただけで、疎遠になってしまった。私も他に好きな人ができて、髪の長さには触れられないまま、季節が過ぎていった。

 

それでも伸ばし始めた髪を切らなかったのは、伸ばし始めた髪を、切るきっかけがなかったから。彼はきっと、覚えてない。

髪が肩よりも長くなるのはもう何年ぶりかで、朝起きたらハネている髪を巻いたり、結ったり、とにかく手間がかかる。乾かすのにも時間がかかるし、抜けて落ちた髪が床に目立つ。傷んでいると綺麗に伸ばせないから、美容院で高いシャンプーとトリートメントも買う。今までドラッグストアで買っていたものの3倍以上の値段だ。

たまに美容院でトリートメントもする。手間も暇もお金もかかる。

 

 

 

「髪サラサラだねえ」隣に座る彼が、私の髪を撫でる。トリートメントしたからね、と私は答えて笑った。そして、隣にいないあの人を思い出した。もう髪を伸ばす理由はないのに。