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女子大生ちかの徒然

女子大生の脳内お花畑系なブログfromバンクーバー。日々感じること考えることを大事にしたい感じ。

なくならないと思ったものもなくなるし、終わらないと思ったものも終わる

どうでもいい話

バンクーバーはBC州にあるのですが、British Columbiaというだけあってイギリスに似てるなーと思うことも多い。

 

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これは6年くらい前にイギリス行ったときの写真。

町並みとかも似てるところあるのかもしれないけど、なによりブリティッシュイングリッシュだからかも。Centreって書くんだよねここでは。違和感あるけど、この違和感がイギリスで感じたものと一緒なの。調べてたらオーストラリアもそうらしいけど、もうオーストラリアの記憶はない。

たまにイギリス英語とアメリカ英語どっちを勉強してるの?って聞かれてわからないことがあったけど、学校ではCenterって書くから日本の学校で教えてるのはアメリカ英語なんだろな。

 

修学旅行でイギリスに行ったときはたった2週間だったし、毎日が発見や驚きで新鮮だった。英語は全然話せなかったしホストファミリーも優しくなくて、高校生だからそんなに自由もないし携帯もなくて友達と連絡もとれないし不自由なことも多かったけれど、それでもいろんなことが新しかった。

こっちにきて約2ヶ月、新鮮さはもうあまりなくなった。新しいこともわからないこともたくさんあるのだけれど、「新しいものに出会う」ということにある種慣れてしまったのかもしれない。わからないことが普通だから。カフェに行くだけでも、初めていくところは注文の仕方やメニューの名前もわからないので緊張する。けどまぁ言ってしまえばそれも普通なのだ。レストランで人気メニューがわからなくて隣の夫婦に聞くこともあるし、座ってたら電話番号聞かれたり押し売りされそうになったり、そんなのばっかり。

 

でも、ここで勉強できていることが当たり前になってしまったらいけないんだと改めて思った。家族にサポートされて、こっちでもホストファミリーや先生や友達に助けられて過ごしてる。

 

基本的に当たり前なんてことはないんだろう。なくならないと思ったものもなくなるし、終わらないと思ったものも終わる。来ないと思ったものもくる。

ずっと元気だと思ってたおじいちゃんは脊髄の炎症で入院中に心房細動性の脳梗塞になっておじいちゃん自信もわたしやお母さんおばあちゃんの生活もすっかり変わってしまったし(おじいちゃんは医者だったので不整脈を訴えていたにも関わらず。もしもっと早く誰かが気づいてくれて、t-PA治療できたら後遺症なかったかなと何度思ったか)、100%友達だと思ってた人はそうではなくなってしまったし(100%なんてありえないよと友人に言われた)、でも海外で勉強するっていう2年前には思ってもなかった未来が来た。

もっと言えば中学生の頃は大学生になることはリアルではなかったし、高校生の頃は24歳になる日がくると思ってなかったし、大学に入ったときは大学生は終わらないんじゃないかと思ってた。

 

当たり前なんてないから、日々の出来事も周りの人も大事にして、感謝して、日々感じることに敏感に生きていたい。日々起こることにはなにかしら意味があるんだと思う。たぶん。