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女子大生ちかの徒然

女子大生の脳内お花畑系なブログfromバンクーバー。日々感じること考えることを大事にしたい感じ。

匂いで誰かを思い出す

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サンダルウッド。

これで思い出す相手はいないが、思い出す小説がある。

 

野中柊の「祝福」だ。

 

祝福

祝福

 

 

わたしがこの本を読んだのは中学生の時。

この短編集の1話目に、「しゃぼん」という話があり、それにサンダルウッドが出てくるのだ。

いつも髭を剃るのにサンダルウッドの香りの石鹸を使っていた恋人。

その人は別れる時に、「僕たちはまたきっと出会うよ」と言い残した。

 

野中柊の小説は、海外のゆったりした恋愛小説みたいだと思う。

好んで彼女の小説を読み漁っていたわたしは、大きく影響を受けた。

彼女の描く恋愛は、水にさらされたビー玉のような、あてもなく色を塗った淡い水彩画のような、

のんびり過ぎていく田舎の昼間のような、じりじり暑い真夏にクーラーもつけずに惰眠を貪るような、

そういう感覚なのだ。

 

ところでやはり匂いというのは記憶を蘇らせるものだ。

過去に香水の匂いを漂わせているようなお洒落な恋人はいなかったけれども、

たとえばシンガポール航空のおしぼりの匂いはオーストラリアに行った時を思い出すし、

ある特定のシャンプーの香りは友人を思い出す。

 

ある晩「今から会えない?」と呼び出された片思いの相手に、

会った途端に「めっちゃいい匂い!研究室行くだけで香水つけてるの?」と言われた。

その時は香水を付け忘れていたので、おそらく朝美容院に行ったのでつけてもらったヘアオイルかなにかのはずだ。

あぁ、いつもの香水をつけていたらその匂いを覚えてもらえたかもしれないのに、なんとも詰めが甘いのである。

 

そういう意図もありずっと一つの香水を愛用しているが、

わたしの好きなクロエは好きな人も多いので誰かと被ることも多いだろう。

 

こうして匂いで記憶を蘇らせるのと同じで、

記憶に残りやすいワードを使うことでなんでもない時に小説を思い出させるというのも、ある種のテクニックなのだろうか。

 

 

同じく野中柊の小説でタイトルは忘れたが、アンチョビパスタが出てくる。

アンチョビパスタを、そのお店では「娼婦のパスタ」と呼んでいるという話がある。

それ以来アンチョビを見ると思い出してしまうのであるが、どうやら「プッタネスカ」という名前のパスタが実際にあるらしくそれがイタリア語で「娼婦風」なのだそう。

dic.nicovideo.jp

 

どうやらジョジョに出てくるらしい。もしや有名?

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