女子大生ちかの徒然

女子大生の脳内お花畑系なブログ。日々感じること考えることを大事にしたい感じ。

星が綺麗に見える町

星がこんなに綺麗に見える場所だあるんだ…。

夜空いっぱいに広がる宇宙、それはずっとわたしの中で幻でしかなかった。星が綺麗に見える場所は、たとえば静かな山の上とか田舎の丘とか展望台みたいなところか、もしくは街のプラネタリウムだと思っていて、「星を見に行こう」と思わないと見る機会はないと思っていた。

 

そのときわたしはイギリスにいた。もう6年も前の夏。

8月だったけれどイギリスの8月は日本の夏とは違った。寒くはないけれど、空は四六時中どんよりしていて薄い長袖のシャツがぴったりな季節だった。

 

そんなイギリスの、ロンドンから電車で2時間くらいのイーストボーンという田舎町でホームステイをしながら2週間ほど勉強をしていた。

日本の暑さと喧騒から離れて、イギリスではぼんやり過ごした。外国は治安が悪い、そういう割に放ったらかしにされて、当時高校3年生だったわたしは夜の8時とかでも夜道を40分くらいかけて歩いて学校から帰っていた。ホストファミリーも特に何も言わなかった。

イギリスではバスは時間通りに来ないし、そもそも時刻表の見方もよくわからない。ホストファミリーに聞いても「よくわからない」という感じだったので、朝夕片道40分かけて歩くしかなかった。

一度、一緒に行っていたメンバーで駅に集まることがあったのだけど、わたしはなぜか歩いて行った。ホストファザーは「車で送ろうか?」と言ってくれたけれど、彼らはなぜか家を出る直前にシャワーを浴びだして時間に間に合わないので、わたしは「バスで行く」と答えて家を出た。

でもいざバス停に来ると全然バスがなくて、駅までの道のりなんてわからないのに無謀にも歩いて駅に向かったのだった。当時はガラケーが主流だったし、高校生のわたしが現地で使える電話も持っているわけないのに、よくあんなことしていたなと今になって思う。

 

 

イギリスの空気が綺麗だったからか、イーストボーンが田舎だったからか、それとも日本の空気が汚いとか夜が明るすぎるからなのか、とにかくあの町で星は綺麗に瞬いていた。

学校でレクリエーションがあって帰るのが8時ごろになった日、友人と歩きながら星を見た。

「星ってこんなにたくさん見えるものなんだ」

「いつか星が綺麗に撮れるカメラを買って、そしたらもう一度一緒にこよう」

2人で約束した。6年前の、ただのデジカメを買ってもらうのさえ簡単でなかった女子高生には、星が綺麗に撮れるカメラがいくらくらいするものなのかわからなかった。今でもわからない。

 

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イギリスで読もうと思って日本から持っていったのが橋本紡の「流れ星が消えないうちに」という文庫本だった。「人は死んだら星になる」と誰かが言う。

わたしがイギリスに行ったのは大切な人がなくなった夏で、本の内容と空の星が重なって、わたしは歩きながらちょっと泣いた。地球の外の広大な宇宙と、人の死と、自分のちぽけさをリアルに感じた夏だった。

 

今でも時折思い出す。鮮明には覚えていないけれど、あの夜に見た星、道、空気、夜露の気配。そしてあのときの感情。

ぜんぶ、もうここにはない。

記憶の中か、もしくはイーストボーンにはまだあるかもしれない。

 

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