女子大生ちかの徒然

女子大生の脳内お花畑系なブログ。日々感じること考えることを大事にしたい感じ。

自分が存在してていいっていう根拠ない自信

あと30分でデートにでかけるけどそれまでにひとつ記事を書くぞ!!なんだこの意地!てかすいません見栄張ましたただ遊びに行くだけです。

 

一体何がわたしをそう至らしめているのかは突き止められずにいるが、わたしは自分に自信がない。根拠なく「自分は存在していていいんだ」と思っていられないのだ。だからって消えたいとか生まれてこなきゃよかったとかそういうことを毎日考えているわけではないのだけれど、ふとしたときに「わたしの存在が周囲に受け止められること」が当たり前ではないような感覚に陥る。

つまり普通の人間として対等に扱われることがわたしにとっては当たり前ではない。

わたしの世界には人間は二種類いて、わたしを対等だと思っていそうな人か思っていなさそうな人か、だ。つまり仲良い人や親切な人は前者で、リア充集団とかやたら意識高い系とか美人とかイケメンとか賢い人とかなんでもできる人とかは後者だ。無意識に見下されているように感じる。イケメンやリア充がわたしを対等だと思っているわけがない、と思っている。

 

先日先生からのフィードバックで「もっと意見を言って。みんな君が何を言おうとしているか興味を持っているんだよ」と言われた。昔参加したインターンのフィードバックでも、「君は色々考えていそうなのにあんまり意見を言わないところがもったいない」と言われたことがある。

これは一概にわたしが自分の意見に価値が無いと思ってしまっているからだ。たとえば会話していて早口になるのも、相手の時間をわたしなんぞの話のために使うのは申し訳ないと思うから。早口じゃなければもはや言わないこともある。これが先のフィードバックへ繋がるわけだ。

この会話が一対一であるなら、別である。少なからず一対一で会える相手はわたしの話にも多少価値を見出してくれているのだろうし、話そうと思う。初対面の相手も気まずさカバーのために話すこともできる。

特に感じるのが、カンバセーションクラスのときだ。4人くらいで会話していて、先生がわたしに話を振ったとき。英語なのでより一層たどたどしくなるのだが、みんなの貴重な授業時間をわたしなんかの話のために費やすのは申し訳ない。待たせて申し訳ない。それがさらにプレッシャーになって話せない。わたしだって授業料を払っているのに。

 

たくさんの人に出会ってきて、みんなが敵じゃないことも良い人がたくさんいることも知っているのに。でもこれは中学校でいじめられていたことも原因のひとつかもしれない。

もっと自分に自信もって、笑って、って本当によく言われる。なんでわたしは笑えないんだ。自分の意見に自信持てないんだ。ただ喋るだけで、なんでそんなに申し訳なくなるんだ。なにもわからない。

 

本当は感情に素直に生きたいし、いつも笑顔でいたい。なにがわたしの感情を隠させるのか。なにがわたしを笑顔でいさせてくれないのか。英語が話せないっていう気後れだけじゃないと思う。これを解決するのもひとつの課題だなと感じる。

 

 

はいっ。デート行ってくるねっ!!笑

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